■ 問題提起 「ユーロ危機の行方」伊藤 元重(NIRA理事長)
■ 視点1 「ユーロ危機の収束は可能なのか」
竹森 俊平(慶應義塾大学経済学部教授)
■ 視点2 「ECBは国債の無制限購入を決断できるか」
伊藤 隆敏(東京大学大学院経済学研究科教授)
■ 解説解題 加藤 裕己(本誌編集主幹)
■ 参考資料
2009年以来ユーロ圏では、ギリシャ、アイルランド、ポルトガルで債務危機が生じた。ギリシャ危機は、欧州金融機関の債務超過問題となり、波及の大きさが問題視され、10月末のユーロ加盟国の首脳会議により、包括戦略が決定された。しかし、その後も動揺は収まらず、ギリシャ、イタリアの首相の退陣にまで至り、フランスやスペインの国債金利の上昇も生じている。本号では、ユーロ危機に至った問題の本質および対応策について検討している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・■ 問題提起 「ユーロ危機の行方」 伊藤 元重(NIRA理事長)
何が起きているのか?
ギリシャの財政危機に端を発した混乱が、ユーロ圏全体を揺さぶっている。財政危機がスペインやイタリアのような大国に波及するのか、 これらの国の国債を大量に保有している欧州の金融機関は大丈夫なのか、通貨ユーロは今後どうなってしまうのか、 そして今の状況を脱却するためにはどのような手を打たなくてはいけないのか。様々な問題が浮かび上がってくる。
そして今の時点に立って過去を振り返ってみれば、関連した別の疑問が浮かび上がってくる。そもそも、 ユーロという共通通貨システムには何か根本的な欠陥があったのか。それともユーロという共通通貨とは関係なく、 今回のような問題が起きうるのか。フランスなどの銀行は、なぜかくも大量にギリシャの国債を保有したのだろうか。 ギリシャ経済に問題があっても、何らかの形で欧州の政府の支援があると期待したのだろうか。ギリシャだけでなく、アイルランド、ポルトガル、 スペイン、イタリアなど、なぜかくも多くの国が同時に財政問題に直面する結果になってしまったのか。これらの国の財政問題は、 これらの国固有の問題というだけでなく、リーマンショックを起こしたグローバルマネーの問題と関わりがあるのだろうか。
このように浮かび上がってくる疑問を並べてみると、ユーロ圏が抱えている問題が非常に複雑であり、 一つひとつの疑問に納得のいく答えを出すことがそれほど簡単なことではないことが分かる。
財政破綻は古くから世界のあちこちで起きてきた問題であり、今回のギリシャなどのケースもその例外ではない。 財政危機に陥った国が市場からの攻撃によって問題が一気に深刻化していくことも珍しい現象ではない。 市場がその国の国債を受け入れることを拒否すれば、財政運営は一日たりとも成り立たないからだ。
ただ、そのギリシャがユーロという共通通貨に参加していたことが問題を複雑にしている。ギリシャがユーロ圏に入っていなければ、 ギリシャはすでに破綻していただろう。しかし、ユーロ圏に入っていたため、 ユーロという通貨を守るためにもギリシャへの支援策がとられてきた。それでもどこかの時点でギリシャは財政破綻となるのかもしれない。 しかし、それではスペインやイタリアは大丈夫なのか。そしてそうした大国に波及することがあれば、 ユーロという通貨システムそのものが成立しなくなる、という見方もある。
共通通貨制度の欠陥
ユーロという共通通貨が導入される以前から、多くの経済学者は共通通貨制度の問題点を指摘してきた。為替レートの調整機能が失われたとき、 経済はうまく機能するのかという疑問である。
ギリシャやポルトガルのような国は、ドイツのような国よりも生産性の上昇率が低いだろう。また、産業構造から見ても、 潜在的な成長率にもギャップがある。変動レート制の世界では、ギリシャやポルトガルの通貨の為替レートが切り下がっていくことで、 生産性の差は調整される。しかし、ユーロという共通通貨の下では為替レートの調整は不可能だ。
それでも、賃金や物価の変化を通じた実質為替レートの調整という可能性は残されている。為替レートは動かなくても、 ギリシャやポルトガルの賃金や物価が上昇しなくて、ドイツのそれが上昇すればよいはずである。 残念ながらこの調整メカニズムは期待通りの機能を果たしていない。ドイツの賃金や物価が大幅に上がることはなかったし、 ギリシャやポルトガルの賃金が下がるということも、賃金や物価の下方硬直性のために起こりにくかった。結局、ドイツは経済的に繁栄するが、 ギリシャやポルトガルのような国は経済的停滞に苦しむことになる。欧州の経済統合は、北高南低とも言うべき経済構造を作り出してきた。
欧州の市場統合が進んでいく中で、市場統合による利益をもっとも受ける国や地域はどこか、 という問題が経済学者によって論じられたことがあった。一つの仮説は、国境を超えて自由に貿易ができるようになるので、 人件費の低いポルトガルやギリシャのような南の国に多くの企業が立地して、南の国が利益を得るという見方であった。そしてもう一つの見方は、 生産性の高い産業がドイツやフランスなどに集中し、有能な人材もそちらに引きつけられるので、北の国が有利に、 そして南の国は不利になるという見方であった。
結果的には、後者の見方が正しかったようだ。欧州統合によって経済活動は北の方にますます集中するようになっている。 北の成長力が南の成長力よりも高いという問題は、北と南の国が固有にもっている差というだけではなく、 経済統合がそれを加速化している面もある。